【レポート】松原氏を訪ねて

2011年10月23日 松原様のご自宅訪問報告です。
(レポーター:野際さん)


松原氏は、楢崎皐月先生の直弟子でいらっしゃいます。
芳賀さんと野口さんと三人で、午後一番に伺いました。


早速応接間に通して頂いてソファーに腰を下ろすと、芳賀さんが「熱いです」と言われると、松原様が「此処には四箇所も『炭素埋設』をしているんだよ」と言われました。
野口さんもご自宅の近くまで来たときに何か胸が熱くなるようだとか言っていました。
私もじきにお尻が暖かいなぁーと感じました。
奥様がお茶と茶菓子を揃えて下さりました。

松原様は、楢崎先生が金鳥山に行かれている時に材料を運んだり計測のお手伝いをされていたとの事でした。楢崎先生は決して叱らない人だったそうで、きっとご自身の言霊の強さを自覚なさっておられたのか、と感じました。

楢崎先生の菩提寺は永平寺だそうです。
先日永平寺での法事の帰りに、楢崎先生のお嬢様ご夫妻が松原様をお尋ね下さった折に、生前の(楢崎先生は外部での出来事を家庭に持ち込まない主義)お父様の事を松原様からお聞きになり、とても喜んで居られたとの事で、お嬢様からのお礼状などが届いており、そのお礼状を見せていただきました。
また、楢崎先生の直筆の原稿や楢崎先生からのお手紙などを拝見させて頂きました。さらに金庫から貴重なアルバムをお持ちくださり、ゆっくりと拝見させて頂くことができました。


楢崎先生の逸話としては、宴会などの時、誰にも解らない内にその場から居なくなる事が多々お有りになったということです。本当に誰も気が付かない内にアレッという感じだったようです。私はふとテレポーテーションかなとか感じました。

「『キツネ』をいかに書くのか」と問われましたので、「獣篇に瓜ですか」と答えましたら、気通根と書いて「電気は根本に通じる」と言われました。

松原様に、東京でシンポジュウムを開催しますので東京へお出かけ頂けませんか、とお伺いしましたが、ご本人は色々お誘いをお受けされているようですが、もう馬力が無くなったと仰られておられましたので、「其れでは富山まででしたらいかがでしょうか」とお伺いしましたら、「富山で何を話せば良いんだ」と・・。
「楢崎先生の事をイマお話出来るのは松原様しか居られませんので、楢崎先生との思い出話などをお願いいたします」とお願いし、富山でお話頂けることに為りました。
早速、スケジュールスタツフが富山の会場を手配し、2012年の四月半ばに企画して頂けそうです。
松原様にも、はや六十年も前の記憶を探って頂かなければいけませんので、芳賀さんが過去に何回かお会いして伺っていたお話を頼りに、松原様の記憶を呼び起こすお手伝いをされながらのお話に為る様に感じています。

松原様に貴重なお時間を割いて頂けまして、本当にアリカトウな一日でした。
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